Natural Abilities

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
    --:-- | Top

ではまた。

早いもので4月も終わりです。このブログは今月までなので最後の更新になります。

空いた時間に色々なブログを読むことがあります。たまたまでしょうが、「資格で食える時代は終わった」なんていう表現をよく見かけます。

そんな時代があるないはどうでもいいとして、結局のところ、「俺はめちゃめちゃ取り組んでいるから、お前らとは違う」だとか、「今のままでは食えなくなるから、俺に金払って勉強しに来い」ってことが言いたいのかなと。

先日、卒業生の数人で会いましたけど、資格取ったから安心だとか、資格で食えるなんてことは誰も考えていません。資格取りに学校に通っていたわけではないので。

不安を煽って商売するか、現実を生きられない人達に夢を見せるような商売が主流なんでしょうか。

同業者相手に何かを伝える仕事をする場合は、「これが本質だ、わかったか?」というスタイルよりも、いわゆる世に問うというスタイルの方が、個人的には自然かなと思っています。

さて、このブログはこれにておしまいですが、新たなブログを読んでやるという方は、まだ募集しますのでコメントか連絡下さい。今までありがとうございました。
スポンサーサイト
    23:59 | Trackback : 0 | Comment : 3 | Top

まだ募集中。このブログは4月まで。

ありがたいことですが、パスワード付きブログをやることにしました。たぶん5月くらいからになると思います。それまでは、こちらを更新するつもりです。

改めて確認しておきますが、悪口書くわけではなくて、私の夢に向かった未来へのサクセスストーリーを綴ります(嘘)。前者は本当です。

読んでやっても構わないという方は引き続き募集中です。課金制度はないですが、夢やファンタジーもありませんのでご了承下さい。妄想はあります。すみません。

内容は恐らく私個人が医療に携わる中で感じることや、フィットネスなどの健康産業、代替医療や社会制度などについて、ただただ個人的な見解を綴ることになると思います。と、それらしい文言を並べましたが、結局は戯言です。

さて、仕事の話ですが、職場では、○○法や○○療法といった特定の治療アプローチを推奨しているわけではなく、治療アプローチは各療法士に任せているようです。適切な評価と適切な治療であるということを、結果を出すことと、第三者に説明出来れば良いということになります。

魚住先生風に言うと、目的があって手段があるということでしょうか。

回診やカンファレンス、ケーススタディーが定期的にありますから、自分自身のやっていることをある意味強制的に見直したり、他人の意見を得る機会もあります。

部長(ドクター)が先日、「例えば、アメリカの医療はシステマチックなので、何処で医療を受けても同じ効果を得られるという利点はあるが、日本は本来、人それぞれ違うものを提供するという文化がある。いずれは自分にしか出来ない治療を確立していくように」と仰っていました。

まあとにかく、今のところやはり、環境には恵まれていると感じています。ただ、病院という所は現実を見る所だなと感じています。子供は特に切ないです。願うしかないようなこともあります。例えばこういう内容は、このブログでは書けないわけです。
    23:07 | Trackback : 0 | Comment : 10 | Top

100円ショップ

長い休みもようやく終わりを迎え、来週からは新しい仕事が始まります。もちろん最初は研修期間となります。

時間があっても特に趣味があるわけでもないので、結局どこかでコーヒー飲みながら気になっていた分野の本を読んだりして過ごしています。

飲みに行ったりする機会は多くあり、先日は魚住先生の勉強会後の懇親会に参加しました。参加者の方々とは少し違った道を進むことになりますが、それがまた新鮮で気づくことも多いと思っています。

相変わらずと言いますか、魚住先生は、言葉はこの際何でも良くて、すごいなと改めて思いました。勝手にエピソードを書くのは自粛しますけど。

実力をつける、成長する為にはというノウハウは色々な人が言ってたり書いたりしていますが、結局、その道で怠らず励むことしかないんじゃないかと思います。

他者との差別化とかオリジナリティという言葉に縛られるよりも、そもそも何十年も怠らず励み続けられる人間は実はほんの一握りだとしたら、そういう人こそ圧倒的な実力による差別化が自然になされてると思うわけです。

差別化とかオリジナリティの獲得のために、あれもこれもと色々な分野の表面に触れて(本や講習会、ブログなど)、「あれも知ってます。これも知ってます」と、100円ショップなのに専門店ぶってる人もいるようです。

しかし、差別化やオリジナリティに拘っているので、100円ショップの商品に変な細工をしてしまうんですな。「余計なことせんでええんや、使いにくくなってるがな」と突っ込まれるかも知れません。誰かに。

怠らず励み続ける人間は、前者の商品よりも遥かに質の良いものを持っていても、専門とする分野と比べるとやはり劣るので、「これも、おすすめでっせ」と無責任に言わないわけです。

本職に活用出来るような工夫を施して使っているんじゃないかと思います。その工夫は表立って出てこないものです。そういうものに触れるのは難しいし、触れられるとすれば条件があると思っています。

質の低いものを平気で勧めるようでは、本職もその程度と思われるリスクが高いでしょう。
    17:57 | Trackback : 0 | Comment : 4 | Top

今更ながら東京事変の解散は残念。

私も含めていい加減なもので、ひとつの事例から、「これはこうだ」という短絡的に決めつけることがあるような気がします。

例えば、ある医者がある考えを述べたとしたら、受け手によっては、「(すべての)医者はそう考えている」となり得るわけです。

確かに「医者(医師)」というカテゴリーは存在したとしても、全員が同じかと言えばそうでないことくらいはわかるはずです。

望む望まないに関わらず、性別や血液型、世代、住んでいる地域や職業など、誰しもが何かにカテゴライズされます。されるというよりも出来ると言う方が適切なのかも知れませんが。

あるカテゴリーでは同じでも、「一緒にされたくない」と拒否する人もいるでしょう。例えば同じトレーナーなら、自分から見て「あいつはデタラメだな」と思っている人とは一緒にされたくないと思い、場合によっては、「俺はトレーナーではありません」と言うかも知れません。

反対のケースでは、「オリンピックの金メダリストを支えたトレーナー」とメディアで取り上げられたら、「俺もトレーナーです」と言うのかも知れません。良い悪いではないですが、こういう傾向は見受けられます。

私の場合はこれから理学療法士になるわけですが、トレーナーでも、「この人はすごいな」、「この人のこの部分はすごいな」と思う人は私の中では何人かいましたので(いるので)、「トレーナーなんて大したことない」とは思いません。

理学療法士でも同様に、「そんなことが出来るのか」と驚かされるような人にも何人か出会ってきたので、「理学療法士なんて大したことない」とは思いません。

末端もしくは平均の分際で、同職種に対して「大したことない」なんて言うのは害でしかないでしょう。もちろん他業種に対しても同様です。

そういう人は関わっている分野が好きじゃないのかも知れませんね。話をしていても、本当に自分の仕事が好きな人と、ただ自分を認めて欲しいという欲求が強い人では、全然話が違ってくるような気がします。
    18:55 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top

ゆる体操と私

4月に入るまで自由な時間が結構あり、急に時間が出来たので馴れない生活を送っています。早速誘って下さる方もおられ感謝しています。

就職先に提出する書類が多く、卒業した大学にも連日足を運んでいます。大学を卒業して10年以上経ち、懐かしいなと思いながらキャンパスを歩いていたら、当時のちゃらんぽらんな学生生活を思い出して、改めて頑張ろうと思いました。

就職の話ですが、わざわざ4年間学ばなくても働けるような場所を選ぶのもアホらしいなという気持ちもありました。また臨床実習でお世話になった先生の影響もあり、様々なケースに対応出来るようになりたいという気持ちもあり、まあ色々考えて選びました。

話は変わりますが、やはり受験のストレスというのは大きかったようで、身体は随分硬くなりました。また面白いことに、2ヵ月程止まらなかった咳は受験を終えて随分治まりました。

受験を終えてから病院で検査や診察を受けました。特に問題なく咳止めの薬をもらいました。薬は飲んでませんが、瞑想で咳を治めるという発想はないので、医学のお世話になりました。

硬くなった身体は歩いたりゆる体操でゆるめています。ゆる体操は個人的には本当によく出来た体操だと思いますが、勉強中はそれをしようとも思いませんでした。試験本番中はしましたけど。

高岡英夫氏は世間的には何しか変わった人物で、無条件の肯定もしくは無条件の否定をされているような印象があります。ですから、私が「ゆる体操は良く出来てる」と言うと、「そっち系?」みたいなカテゴライズされる可能性も当然ありますわな。

1年間直接ゆる体操の指導を受けたなんて言った日には、ますますでしょうね。

良いと思ったら良いと言えば良いと考えてるので、例え否定されても可愛いと思ったら可愛いと言いますよ。話が変わりましたね。

何か他人の粗探しや間違い探しをしようと必死な人が多い気がします。そういうのはその人自身の中に問題があるからなんでしょうけど、ちょっとしんどそうです。無意識に投影するんでしょうね。

他人に認めてもらいたいという気持ちは誰しもあるんでしょうけど、他人を無駄に攻撃するのは如何なものでしょう。「わて、こんなことやってまんね~ん」でいいじゃないですか。
    01:30 | Trackback : 0 | Comment : 4 | Top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。