Natural Abilities

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コメント長くなったので

いただいたコメントを返そうと思ったら、かなり長くなったので記事にしました。「正常」とか「自然体」って何だろうなという話です。文章は記事用に修正しましたが名残もあります。

正常というのは色々な捉え方があると思いますが、ある程度の幅があるものだと思います。比較するひとつの基準として持っておくということですかね。

比較する基準を持っておくということですから、「自分なり」でいいと思います。とは言え、「自分なり」を築き上げていく作業はずっと続くものであって不変のものではないかも知れません。

例えば、医学的管理が必要な場合の数値は「自分なり」というわけにはいかないでしょうが。

正常という言葉はここではおいといて、前回の記事に少しリンクさせて、ひとつの基準、比較するための基準という切り口で進めていきます。

比較する基準といっても時間も考慮しますから、「さっきと比べて」、「昨日と比べて」といった作業もあります。これはみんな普段からしていると思います。

また、対象者や場合によってはその家族の考える基準(価値観も含まれるでしょうが)や取り巻く環境など、考慮することは色々あると思います。

このように、実際には比較する基準といってもひとつではなく、様々な基準と適宜比較しながら、展開していくものだと思います。

ある基準から逸脱しているから良い悪いという結論には当然ならないわけですが、その差異が示すものは何なのかということを考えることが必要だと思います。

正常とされるアライメントから逸脱しているから修正しないといけないとか、硬くなっているから緩めないといけないとはなりませんね。

そこには理由があってそうなってるわけですから、適応した結果とも考えられると思います。ここはまた別の機会に譲ります。

「自然体」という言葉を自分なりに考えないと、何だかわかった気になりそうですね。そのことはガリガリの人が以前ブログで取り上げてましたけど。この言葉に限らず、専門用語を知るとわかったつもりになりがちです。

魚住先生の仰る「自然体」というのは、魚住先生の中の定義があって、それが魚住先生の基準のひとつになっていると思います。それは今までの著書やBBSでのやり取り、講座、勉強会等で発信されていますね。

魚住先生は「今はそう考えています」とよく仰いますから、やはり自分なりに考えていく作業というのは必要だと思います。

私の場合は、魚住先生の仰る自然体とは何だろうとは考えますが、個人的に「自然体」という言葉を使うことは今のところありません。

しかし、魚住先生の仰る「自然体」とは何だろうということを考えていくことで、自分自身の指導に活かせると思います。

反対の言葉を無理矢理つくると、「不自然体」ということになろうかと思いますが、世の中にそんなものあるのかとも考えられます。

言葉の意味や定義付けというのは大切ですし、同時に言葉は相対的であるという側面も持っていると思います。

ですから、「不自然体」があるとしたら、例えば他人の操作によって作られたもの、我々で言えば不適切な指導、一方的な指導が原因なのかも知れません。

他の視点では、内部もしくは外部環境に適応出来ていないとか(これ結構重要だと思います)、京都での勉強会の中にも大きなヒントがありましたね。

余計な細工をしたので、長くなりました。今回はこれでおしまい。
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