Natural Abilities

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今更ながら東京事変の解散は残念。

私も含めていい加減なもので、ひとつの事例から、「これはこうだ」という短絡的に決めつけることがあるような気がします。

例えば、ある医者がある考えを述べたとしたら、受け手によっては、「(すべての)医者はそう考えている」となり得るわけです。

確かに「医者(医師)」というカテゴリーは存在したとしても、全員が同じかと言えばそうでないことくらいはわかるはずです。

望む望まないに関わらず、性別や血液型、世代、住んでいる地域や職業など、誰しもが何かにカテゴライズされます。されるというよりも出来ると言う方が適切なのかも知れませんが。

あるカテゴリーでは同じでも、「一緒にされたくない」と拒否する人もいるでしょう。例えば同じトレーナーなら、自分から見て「あいつはデタラメだな」と思っている人とは一緒にされたくないと思い、場合によっては、「俺はトレーナーではありません」と言うかも知れません。

反対のケースでは、「オリンピックの金メダリストを支えたトレーナー」とメディアで取り上げられたら、「俺もトレーナーです」と言うのかも知れません。良い悪いではないですが、こういう傾向は見受けられます。

私の場合はこれから理学療法士になるわけですが、トレーナーでも、「この人はすごいな」、「この人のこの部分はすごいな」と思う人は私の中では何人かいましたので(いるので)、「トレーナーなんて大したことない」とは思いません。

理学療法士でも同様に、「そんなことが出来るのか」と驚かされるような人にも何人か出会ってきたので、「理学療法士なんて大したことない」とは思いません。

末端もしくは平均の分際で、同職種に対して「大したことない」なんて言うのは害でしかないでしょう。もちろん他業種に対しても同様です。

そういう人は関わっている分野が好きじゃないのかも知れませんね。話をしていても、本当に自分の仕事が好きな人と、ただ自分を認めて欲しいという欲求が強い人では、全然話が違ってくるような気がします。
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